サマースカイ


「…」 まずい。 まずいだろう、これは。 俺は今、まさか自分がこんな状況に陥るとは思っていなくて、二週間前に渡された進路用の紙をくしゃりと握りつぶす。 二週間前、この紙を渡されたときはあとで適当に書けばいいやと思って鞄にしまっておいて。 で、今日が提出期限だから仕方なく放課後だというのに学校に残って書こうとしているのに。 やばい、何にも書けねえ。 …訂正、クラス番号と名前以外、一文字も書くことが出来ない。 あれ、どうしてだろ。俺、一応進路についてくらいは考えておいたはずなんだけど。 でも結局それは俺の虚像だったらしい。現に今、俺は何も考えてなかったから何にも書くことができていない。そう、これが現実だ。 先生、進路が決まりません。 確か、ちょっと前に教師にそう言ったことがある。 「好きなことややりたいことを参考にしなさい」 ありがたいことに、代わり映えしないテンプレート並みの回答を、教師は与えてくれた。 俺のやりたいこと? 好きなこと? なにそれ、思いつかねえ。 (あ、確かC組の秋山って、野球の推薦でどっかの大学行くんだっけ) あいつ野球部の部長ですげー強いんだった。 そうか、部活動を参考にすればいいのか。 俺、何部だっけ? あ、無所属だった。 (好きなことなんてわかんねーよ) 俺はおばかさんだ。自分の好きなことさえわからない。 すきなこと、すきなこと。 あ、水着ギャル。グラビアの写真集。これちょー好き。 先生、俺、カメラマンになります。 進路、か。 もうそんな年になってしまったのか。気がつけば三年生。 入学した当初は、進級できるかさえ危ぶまれていたのに、いつの間にか最高学年だ。 そういえば、と一年生の頃を思い出す。 入学して一週間くらいの頃に、色んな部活に勧誘されたことだ。 俺はとくにやりたいこともなかったから無所属だったけど、周りはみんな部活に入って。 そんな中、生徒会に入ったクラスのメガネ君に、「なんで生徒会に入ったの」って聞いたことがあった。 そしたら、 「進路の為」 とかまじで味気ねえ返事返されて。 一年生の、それも入学して一週間そこらなのに、周りはみんな進路を考えている。 俺なんて、三年になった今でさえ将来も、ましてや今現在だってはっきりしていないというのに。 「あれ、空くんまだ残ってたの?」 ガラリ。 ドアの開く音に振り返ると、そこには友人の夏くんが。 夏くんはサッカー部(とはいっても、大会期間の間だけ先生に強制的に助っ人にされている)だから、銀色のズボンとサッカーシューズを履いている。 そして夏くんはそのまま自分の机の元までいき、一冊のノートを手にする。多分忘れ物かなんかだろう。 「…ていうか夏くん、どうして君は土足で教室に入っているんだい」 夏くんの歩いた場所には、おそらくサッカー場のものだと思われる茶色い土が落ちている。おいおい、よく堂々とサッカーシューズのまま入ってこれたな。 夏くんは落ちる土を気にすることも無く俺の席に近づいてくる。そして俺の机に置いてある進路用紙を覗き込みながら、 「別に俺に被害は無いし」 と言った。 おいおい夏くん、君はそんな悪い子だったのかい。 心の中で、俺は嘆く。 「汚れるじゃん」 「掃除すれば済むことだよ」 「掃除する人が大変じゃん」 「じゃああやまっておこう。教室掃除さんごめんなさい」 「俺だよ」 あら、と言った顔で夏くんは俺を見る。 視線を合わせたまま、暫くの沈黙。 「…で、何?空くんまだ進路の希望決まってないの?」 あ、うぜえ、こいつ誤魔化しやがった。 「そーなんだよなー。俺やりたいこととかねーし」 あれ、誤魔化されてる俺も俺だ。 「空くん音楽好きでしょ。そういう専門行けば」 「やだよ、音楽で飯食っていこうなんて無理にきまってんじゃん」 音楽は好きだ。 聞くのも、歌うのも。 けれどそれを仕事にしようとは思わない。俺にとって音楽はあくまでも趣味だ。 「…夏くんはどーなの。進路」 もうわけわかんなくなってきたのでがりがりと頭を掻く。 夏くんは進路決まってんのかな、こいつやる気ねーくせにクラストップだったりするから、大学進学か? 「俺?何にも決まってないよ。やりたいことないもん」 うわっ、こいつ大好きこいつ大好き!やっぱ仲間だ! 「友よ!」 「うわ、なに、いきなりきもちわるい」 がば、と抱きつくと夏くんは表情を崩さないまま「きもちわるい」という。 そんなんならもっと顔歪めて「きもい」って言ってくれたほうがまだ楽なんですが…。 というのは、言わないでおいた。 「なつくーん、俺ら何にも決まってないね、仲間だね」 「うん、決まってないね。だけど」 だけど? 「空くんと違って、俺には選択肢が既にあるんだよ」 決めてはいないけどね。 そう言って夏くんは、笑った。 後に俺は、夏くんに大学からの推薦が3つも来ていることを知る。 サッカーも出来て頭もよくて顔もいい、社交性だってある夏くん… くそやろう、裏切り者め。 「夏くんのうんこ!」 「おれ?俺はアイドルだからうんこしないよ」 あーあホント俺、進路どうすっかなあ。 20060616 たしか一番最初に書いた「夏くんと空くんのおはなし」。 だから今の夏くんと空くんとちょっと違う。設定も。 夏くん、サッカーなんて絶対やんないキャラとして設定が出来上がってしまった。笑